野外調査における安全対策(死んでたまるか)

< 暫定 OPEN ! >

鮫島 智行(九大・理・生物・生態)

 野外調査を行っている皆さんは、その活動における危険についてどのように認 識されているでしょうか。いつも出かけているフィールドで良く知っているから大丈 夫とか、近郊にある低い山だから安全、そして調査の際に事故に遭ったことのある人 が身近にはいないからあまり考えたこともない、なんていう人もいるかも知れません 。しかし事故は現実にあり、それは誰にでも起こり得ることです。

 例えば郊外にある林に植物採集に行き、スズメバチに刺されたとします。もし あなたが運悪くスズメバチ毒に対して敏感な体質なら、アナフィラキシーショックを 起こし命を落とすかもしれません。一刻も早く、体内からできるだけ多くの毒を除去 しなければなりません。またショック症状が出始めたら、遅くとも1時間以内に対応 できる医療機関に行って専門的な処置を受けないと、死亡の危険性が高まります。あ なたは適切な処置を行うための知識や道具を持っていますか。そして冷静にそれを行 えますか。

 次に大学の近場にある低山まで、一人で調査に行くとします。そこはあまり人 の手が入っていないため、都市近郊ながら自然のよく残った貴重なフィールドです。 調査を終えて大きな石や丸太の階段混じりの道を下山し始めたところ、あなたはちょ っとした不注意で石を踏み外して脚をひどくくじいてしまいました。頑張れば這うよ うにして歩くことはできるのですが、日没も迫っています。また普段通りのただの調 査だったので、懐中電灯や泊まるための道具は持っていません。ここには滅多に人が 入ることもないので(そのために自然が豊かなのですが)、助けを頼むこともできま せん。 さらにもし雨が降ってきたら、夏場でさえ凍死する可能性もあります。

いかがでしょう。普段何気なく行っている調査の中にも、様々な危険が潜んでい るのではないでしょうか。

 私は10年以上に渡って、登山やロッククライミングなどの野外活動をしてきま した。中学・高校・大学と山関係の部に所属し、安全対策を含めた基本的な技術や知 識はそこで学びました。それでもこれまでに何度か生死にかかわるような経験をした り、実際に山中で負傷したこともありました。そして仲間や知人には事故で重傷を負 った者や、残念ながら命を落とした者もいました。そうした経験を経て活動には非常 に慎重になり、自分なりの安全のためのノウハウもできてきました。また安全確保の ための技術や知識が実際に役立ち、自分や仲間の命を守ることができたということも ありました。

 一方生態学などの分野で行われる野外調査について考えてみると、出かけてい る場所や行動はそうした野外活動とあまり変わりがないのに、危険についての認識は 随分とあまいように感じられます。つまり安全対策らしいものが全くなかったり、登 山などを行う者からみると率直に言って非常識とも思える状況もあるようです。それ はこれまで、安全対策について考える機会があまりなかったことによるのではないか と思います。しかし誰でも自分や身近な人間が重大事故に遭ったなら、必ずそうした ことを真剣に考えてみるでしょう。でも、当然ながらそれでは遅すぎるのです。

 そこで野外調査を行う皆さんの参考にしていただけたらと思い、登山などの野 外活動 でとられている安全対策をご紹介します。以下はあくまでも私個人のもっているノウ ハウや指針です。しかしこれをきっかけに、そしてこれをたたき台として多くの方が 安全対策について考え、業界全体の意識が少しでも高まればと願ってこの講座のHPに 載せてもらうことにしました。なお今回は暫定的なオープンなので見づらい作りかと は思いますが、随時更新していく予定なのでひとまずはご容赦下さい。


はじめに

 登山やロッククライミングといった野外活動(以下登山)は、一般に非常に危 険なスポーツとみなされることが多いようである。確かにこれを否定しきることはで きないが、実際の事故や遭難の発生率は案外低い(1993年の全国の登山者数は、推計 で延べ1000万人。これに対し山岳遭難者数は、814人。事故発生率=0.0008%)。この ように意外と高い(?)安全性は、近代登山における安全対策の発達とその普及によ るところも大きいものと思われる。

 まず、登山を行う上では「安全は自分で確保し、自分の命は自分で守る。」と いうのが大原則である。そしてそのために講ずる対策の大半は、出発前(準備段階) になされるものである。

(1)日常

 山行の計画とは関係なく普段からやっておくべきこと。
◆体力作り・体調管理
 下界への連絡や負傷者の搬出など、緊急時には何かとものをいう。いざという時 に、冷静さや判断力を保つためにも有効。
◆知識を増やす
 気象予報・自然災害回避・装備の種類や使用法・地形図の読みとり法・危険生物
◆技術トレーニング
○各種装備の取り扱いやメンテナンス・ロープワーク
※登山経験豊富な知人に教わるか、登山用品店や山岳ガイド主催の講習会やツアーに 参加する。
○救急救命法(日本赤十字社と各消防署)・水難救助(日本赤十字社やライフセービ ング協会)・山岳救助
※これらについては、カッコ内の機関で無料もしくは安価で講習を受けられる。なお 山岳救助の講習を受けたい場合には、登山雑誌などを探すと情報がある。しかし当然 ながら基本的な技術を修得した上でのことであり、一般的向けのものではない。
◆緊急連絡・捜索・救助のためのシステムづくり

(2)緊急対策マニュアルを作る

 団体の場合一度きちんと作っておけば、多くの場合個々の合宿についてそのまま用 いることができる。
◆事故が起きた際の組織としての原則
 連絡体制(連絡や指示の流れ)、責任体制(上部組織・事故対策本部・捜索隊・事 故パーティーの間の責任関係)、タイムリミットによって形作られる。
◆トラブルが起きた際の組織としての判断基準
◆事故発生時の動き方
◆事故対策本部について

(3)出発前

 出発前に行っておくべきことと、準備の流れ。
◆目的地の決定
◆情報収集<ルートについて>
◆メンバーの決定
 単独行の場合は本人の、グループではリーダーとその他メンバーの力量を客観的に 測る。それに基づいて計画を立てる。実行不能あるいは危険と判断されたら、目的地 の再検討するか、もしくは中止を決める。
◆計画を立てる
◆計画書について
 メンバー全員のほか、緊急連絡先にも必ず渡しておく。緊急時の体勢づくりや捜索 の際にも貴重な情報源となるため、これは重要。
<盛り込むべき項目>
日程、団体名、目的、コース、エスケープルート、タイムリミット、メンバー[氏 名・生年月日・血液型・所属(・学籍番号)・担当役職名・現住所と電話番号(・帰 省先住所と電話番号)]・個人装備、団体装備(荷物の割り振り)、メニュー、予備 食糧(品目・量)、非常食(品目・量)、緊急連絡先、保険
◆装備の準備とチェック
 持っていく装備はすべて、事前に不具合がないかチェックする。
<装備リストの例>
◆緊急連絡係について
 山行出発前に組織され、無事下山の知らせを受けると解散する。事故が起きた場合 には事故対策本部の下におかれるか、もしくはそこに吸収される。
<仕事内容>

(4)山中での行動や判断

 すべての準備が整い万全の体制で出発しても、安全で充実した登山を行うためには 以下の様なことが必要となる。
◆通常必要になること
◆トラブル対策

(5)捜索および救助

 捜索や救助を行う上で最も大切なものは、時間と技術である。
◆原則
 
  1. 事故者およびパーティー員が、助かるために最善の努力をすること。  
  2. 救助員の安全確保を優先し、二重遭難を起こさないこと。
◆関係機関・関係者
 捜索や救助を行う際には、以下のような人々や機関が関係することになる。

<民間>

事故者、事故パーティーのメンバー、付近の登山者、山小屋関係者、山麓の施設の関 係者、山麓の集落の住民、アマチュア無線家、ヘリコプター運行会社、所属団体、所 属団体の上部組織、事故者家族、事故者勤務先<山岳遭難対策協議会を組織する機関>地元警察地域課、都道府県警察本部地域課・山岳救助隊、地元救助隊、市町村役場、 消防署、消防団、自衛隊
※各機関への連絡にあたっては、警察がその中枢となる。事故パーティーの所属団体 が捜索や救助活動に参加する場合にも、諸機関との協議の上で警察主導で動くことに なる場合が多い。
◆費用
事故処理が終わるまでにかかる、医療費等以外の費用。

救助隊員の手当、交通費、食糧費、宿泊費、山岳保険費(救助隊員分)、装備費、消 耗品費、連絡費、車両費、ヘリコプター運行費、謝礼、雑費

まとめ

 野外活動においては危険を100%排除することはできないため、「常に起こりうる 様々な状況や危険をイメージし、シュミレーションを行うこと」、「冷静に状況を判 断し、決断を下すこと」、「最後まで絶対に助かると信じて最善を尽くすこと」が必 要である。また登山などをする者の間でよく言われるのは、「結果オーライは許され ない。」ということである。「たまたま事なきを得た」山行ならばそれは失敗と考え るべきである。さらに「大丈夫だった」という経験から根拠のない自信をつけた場 合、それは当人のキャリアの上で大きなマイナスである。

参考図書

参考Webサイト

富山県警・岐阜県警・長野県警・群馬県警

※これらのサイトでは山岳情報を提供し、遭難事例や安全対策の紹介しているほか、 登山届けの受付をしているところもある。また最近ではHPを開設している山岳会や大 学山岳部なども多く、我々にも役立つ情報が紹介されていたり、便利なリンクが整え られているところもある。


おわりに

いかがだったでしょうか。野外に出かけるのが恐くなった人や、「そんな大げさなこ とをするなんて」というふうに思った方もいらっしゃるかも知れません。私としては 各研究機関や研究室、そして各個人の調査地や状況にそくした安全対策、というもの を作っていっていただけたらと願っています。具体的には、調査日程・コース・メン バー構成・タイムリミットを記入して研究室に届けるカードを作り、緊急時の連絡体 制を決めておくといったことから始めるのが良いと思います。 なお「旅行保険・山岳保険について」や「自動車に関するトラブルへの対処」といっ た内容の掲載、そしてリンク集の作成などを計画しているので、ぜひまたご覧下さ い。またこのコーナーをより良いものにし、少しでも多くの方に野外調査における安 全対策について考えて頂くために、御意見やご感想そして「この部分をもっと具体的 に書いて」といったリクエストを歓迎します。以下のアドレスにお寄せ下さい。

鮫島 智行:tsamescb@mbox.nc.kyushu-u.ac.jp


この文書は鮫島氏の許可を得てここに収録しました。転載などは本人に問い合わせてください。htmlの整形は粕谷の責任で行っています。

なお、鮫島氏は現在、研究活動をしておられないので、粕谷あてに連絡いただいても結構です。